さてここで時間を遡らなければならない。

一体どの様にして『六王権』軍イギリス侵攻部隊が壊滅的大打撃を受けたのか、それを知るには時を戻らねばならないからである。

七『盟約の下に集う』

「判った志貴・・・武運を」

『ああお前も・・・武運を』

志貴との連絡を終えた士郎はすぐさま居間から飛び出すと、手に小箱を持って戻ってきた。

そう、士郎が志貴との連絡が来るまで凝視していた小箱である。

「先輩?それは・・・」

「桜、イリヤ、少し頼みあるんだがいいか?」

「頼み・・・ですか?」

「何なのシロウ?」

「これから柳洞寺跡に行く。二人は先に行って、あの周辺に人払いの結界を張ってほしいんだ」

「「???」」

疑問符を浮かべる二人だったが、

「頼む!もう時間も無い!急がないといけないんだ!」

士郎の切羽詰った口調とその言葉に二人とも頷きすぐに飛び出した。

「士郎、お前一体何やらかす気だ?」

「ついて来るか?別に見られて困る訳でもないし」

「おし、んじゃ見物させてもらうか」

「ああ、でもその前に戦闘準備しておいてくれ、援軍呼んだらすぐにでもロンドンに飛ぶつもりだから」









柳洞寺跡に向かった士郎の姿はいつもの服装ではなかった。

土蔵から引っ張り出してきたとも思われるそれは、ゼルレッチより卒業記念として貰った対物理、対魔力等の防御を高める為、呪的防御護符と、魔除け効果を併せ持つ呪符を裏側に縫いこませ、更には防弾、防刃繊維に対魔術呪詛を込めた布で創り上げたゼルレッチ、コーバックの合作による服装だった。

『裏七夜』での仕事でも身に着けているが、上下の内のどちらかをつける程度しかしない。

それを士郎は全て引っ張り出し全てを身に纏った。

いわば『錬剣師』として守りの完全装備といっても良い。

それに先程の小箱と何かの荷物を満載していると思われるザックを手に柳洞寺跡に到着した。

既に桜とイリヤの手で結界は完成されている。

「先輩、結界の準備は良いです」

「こっちはいつでも出来るわよ」

「ああありがとう」

そう言って士郎は作業を開始した。

まずは実に器用に何の狂い無く、魔方陣を何故か二つ地面に刻み込み、そこにザックから取り出した瓶から蒼い液体を流し込む。

それは地面に吸い込まれず、士郎が掘り込んだ魔方陣に僅かな隙間もなく埋め尽くされる。

それはゼルレッチが万が一『聖杯戦争』のマスターとして士郎が参戦せざるを得なかった時に備えて彼に教えた召還陣とそれに必要な道具だった。

だが、結果としてはこの様な道具も召還陣の知識も無駄に(と言うより使う時間も与えられる事もなく)終わった訳だったが、まさかこの様な形で役に立とうとは・・・

(人生何が起こるかわからないから面白いか・・・名言だな)

内心そんな事を考えながら士郎は最後に例の小箱からそれを取り出す。

一つは何かの皮細工の一部、もう一つは素手で乱暴に引き裂いたと思われる布切れ。

それは、かつてゼルレッチやコーバックの手でありとあらゆる並行世界に飛ばされ、宝具の登録とそれに見合うだけの実力を身に付けさせる為の武者修行時に得た最大の成果と言える代物。

その二つの品物をそれぞれ魔方陣の中央に置く。

全ての準備は整った。

後はゼルレッチの推測が正しく当たっている事を切に願うだけ。

そんな事を思いながら士郎は厳かに唱え始める。

周囲も士郎の空気に飲まれたのか誰も話しかけようとせず、ただ、事態の成り行きを見守るだけだった。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大老シュバインオーグ・封印の覇アルカトラス・破壊の女帝ブルー。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

士郎の詠唱に呼応する様に注ぎ込まれた液体が淡い蒼の光を放つ。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

「―――――セット」

「――――――告げる」

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。過去の我と汝が誓いし約束、今こそ果たす時、この意、この理、今この場に存在する我と汝との縁の証に従うならば応えよ」

時間が経つにつれてその光は強く眩くなる。

あまりの眩しさに眼を細めるほどの。

現に見守っていた桜達はほとんど眼を開ける事が出来ない。

だが、その光りを直視して尚士郎はそこから眼を背けない。

更に二つだけ開放された魔術回路が激痛を全身に与え、手首からは例の鈍痛が体中に侵食していく。

だが、それにも士郎は屈せず最後の一小節を高らかに唱える。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

その瞬間、二つの魔方陣より発せられた光が柱となって天に向かい屹立した。

同時に二つの魔方陣から同時に魔力の波動を感じ取る。

「・・・どうやら師匠の推測は正しかったようだ・・・」

人知れず士郎は呟いた。









場所を変えよう。

ロンドンは既に大半の市民は脱出を図っていたが、それでもかなりの数の市民が未だロンドン市街に残っていた。

最も残った市民の大多数がロンドン北部に移動し、南部では魔術協会『クロンの大隊』を中心としたロンドン防衛部隊が既にロンドン全域を魔道要塞化させていた。

要所要所に魔術結界を施し、随所にありとあらゆるトラップを敷設済み。

イギリス軍も総力を結集させて防衛戦を行っているがその数と圧力にじりじり後退を余儀なくされている。

それ故ロンドンは大パニックに陥り、至る所で、身内に無事を伝えようとする者、無事を確認しようとする者、必死に助けを求める者が矢継ぎ早に携帯や公衆電話で連絡を取ろうと躍起になり回線はパンク状態だった。

そんな最中、凛が日本に連絡を取れたのはほぼ奇跡に近かった。

「リンどうしたのですか?やはりシロウとは連絡は取れませんでしたか?」

連絡を終えた凛を臨戦状態で出迎えたアルトリアは凛の表情が冴えないのを見て首を傾げる。

「ああアルトリア?いや、今士郎と連絡が繋がってね・・・現状を伝えてきたんだけど・・・あいつが妙な事を言ってきたから」

「妙な事とは?」

「ええ、直ぐにこっちに来るって言ったんだけど・・・その時援軍を『呼ぶ』って」

「呼ぶ?シキの事ではなくてですか?」

「なんかそんなニュアンスじゃなかったわ。もっと別の戦力だと思うけど・・・」

「心当たりは?」

「全く無いわ」

「ですがリン、シロウが大言壮語を不用意に発するとは思えない。シロウが呼ぶといったのですからおそらくはシロウには援軍に心当たりがあるのではないのでしょうか」

「そうね。そうだとは思うんだけど・・・」

だが、そんな会話も終わりが訪れた。

「こんな所にいましたの!ミス・トオサカ!!『六王権』軍が攻勢を開始しましたわよ!!」

凛やアルトリアと同じく志願して防衛部隊に編入されたルヴィアが大急ぎで駆け寄る。

「もう来たの!ルヴィア」

「ええ、既に全防衛ラインで第一級臨戦態勢令が下されましたわ!!持ち場につきますわよ」

「判ったわ!アルトリア急ぎましょう!」

「はい!」

一斉に駆け出し、戦闘態勢に入る。

既に凛もルヴィアもロンドンに持ち込んだ礼装をありったけ装備していた。

彼女達二人には防衛ラインの中でも特に狭いポイントを任されていた。

無論ここも重要なポイントだが、最重要箇所には『クロンの大隊』の隊員を中心に編成された最精鋭部隊が『六王権』軍を手ぐすね引いて待ち構えていた。

アルトリアに関して言えば『時計塔』への最短ルートを一人で任されていた。

だが、これは当然と言えば当然。

アルトリアと真正面から戦うなど並みの死者や死徒では不可能。

敵なら二十七祖クラス、味方でなら他の英霊かバルトメロイしかいないのだから。

また当のバルトメロイ本人は最前線ポイントにやはり一人でついていた。

「ったく・・・どうしてあんたと同じ持ち場なのかしら?」

視力を強化して前方を伺う凛は不意に愚痴を漏らした。

「それには同感ですわね・・・ですが、今はいがみ合いは後回しにいたしません事?」

それに直ぐ応じたルヴィアだったが後半はそれを戒める。

確かに気に食わない凛と同じ場所で戦わなければならないのは不快だったが、そのような個人的な感情で『六王権』軍の餌食となるのはもっと許せない。

実家であるエーデルフェルト家の人間は辛うじて脱出できたがフィンランドの領地は全て『六王権』軍に侵攻され尽くされた。

それは名門魔術家の誇りを著しく傷つける事だったのは言うまでもない。

そして凛もまたこの様なくだらないいざこざで命を落とす気などさらさら無かった。

「それには同意するわ・・・来た!」

その視線の先には虚ろな目で獲物を見定める死者が街頭の明かりの下よりにじり寄って来た。

二人は一斉にガンドを撃ち放つ。

同時に全防衛ラインで戦闘が開始された。









一方その頃、ロンドン南部の郊外では・・・一人の死徒が優越感に満ちた表情で間も無く落ちるであろう魔術協会の本拠地を眺めていた。

死徒の名はルヴァレ。

『蒼黒戦争』開戦時こそ、東侵軍を率いていたが『彷徨海』の思わぬ反撃に遭い大損害を受け、更には危うく全軍を分断されかけるという失態を演じ、東侵軍司令官から更迭された。

現在ではネロ・カオスがその任につき、怒涛の勢いでドイツ以東の国を次々と落とし、スカンジナビア半島を逆に侵攻する北侵軍とも間も無く合流する。

さらにはその過程で『彷徨海』をも壊滅させる戦功をも上げた。

それは前任者の無様さぶりをより際立たせる結果も共に引き出した。

ルヴァレは最下級の死者の扱いで西侵軍に送り返され、オーテンロッゼからも激しい罵声を浴びせられ暫くは戦線にも出られない有様。

それでもどうにか汚名を返上すべくオーテンロッゼに直談判し、更に『六師』の一人である『光師』の取り成しを受け、今回、イギリス侵攻部隊の総指揮を執る事が出来た。

かくなる上は、独力でイギリス全土を制圧せねばならなかった。

無論、自分を取り立ててくれた『光師』への恩返しなどの為ではなく、そうでなければあの屈辱を晴らす事は出来ない。

「ロンドン侵攻はどうだ?」

「さすがに敵も必死の防戦を続けていますが、少しずつ綻びが生じ始めています。ロンドン市内に雪崩れ込むのも時間の問題かと、父上」

「そうか、それとコーンワルは?」

「そちらに向けての進軍は順調です。この調子ならそれほど時間をかけずにコーンワル半島は我々の手中に落ちるかと思われますお父様」

ルヴァレの最初の質問には傍に寄り添う男の死徒が、次の質問にはうら若い女の死徒・・・ルヴァレの子供である・・・が淀みなく答えた。

その答えに満足そうに頷くルヴァレ。

「綻びの箇所への攻撃を緩めるな。そこを攻めて行けば程なくロンドンに侵攻出来るだろう」

その判断に間違いはない。

その言葉通りロンドン侵攻部隊二十万の死者はじわじわとロンドン防衛部隊を追い詰めていく。

そこへ稲光が瞬き、轟音が耳を劈く。

「はははっ、見ろ我が子供達よ。天も我らの勝利を前祝しているわ」

機嫌よくルヴァレが優越感に満ちた笑みを一層深くする。

未だに勝敗は決していないと言うのに、既に勝利を確信した表情だった。

だが、そうルヴァレが確信するのも無理は無い。

ロンドン攻防戦はごく一部の例外を除き、何処もかしこも劣勢に次ぐ劣勢を強いられていた。

「くっ!!一体連中どれだけの死者をここに投入したってのよ!」

「口より手を動かしなさい!トオサカ!!まだまだ来ますわよ!!」

「くっ!も、もうここはもちません!!撤退許可を!」

「まだだ!!未だ、数多くの市民がロンドンに残っているんだ彼等の為にも死力を尽くせ!!」

「ぞ、増援を!!もう駄目です!!」

「弱音を吐くな!!」

無線や魔道機による通信からは各方面からひっきりなしに危機を告げる悲鳴と増援、撤退要請が掛かってくる。

「・・・くっ・・・数が多すぎる・・・持ち堪えられんか・・・」

防衛の総指揮を取るロード・エルメロイU世が漏らした言葉の様に、もはや防衛ラインは何処もかしこも崩壊寸前、ロンドン陥落は時間の問題かと思われた・・・









「くうっ!ルヴィア!そっちは!」

「一旦退かせましたわ!トオサカ!」

もう何度目になろうかと言う『六王権』軍の攻撃を何とか撃退した凛達であったが疲労は相当な物となっていた。

「はあはあ・・・」

「はあ・・・はあ・・・」

二人とも互いに皮肉を言い合う気力すらなく荒い息を吐き出しながら少しでも体力回復に努めていた。

「まずいわね・・・奴ら消耗戦に持ち込んでる・・このままじゃあ・・・」

「その意見には同意いたしますわ。ですが何か次善の策はお有りですの?」

そんな声に第三の声が応じた。

「とりあえず俺達が前衛勤めるから嬢ちゃん達は後衛での援護頼むわ」

「へっ?」

「えっ?」

声の方向に振り向くとそこには蒼の皮鎧を身に纏ったセタンタがそこにいた。

無論その隣には執行者時代の姿で既に臨戦態勢に入ったバゼットがいる。

「セタンタ?バゼットも!」

「よう暫くぶりだな」

「無事で何よりですね凛さん」

「ミス・トオサカ?彼らは?」

「説明は後。それよりここにあんた達が来たって事は」

「おう士郎も来ているぜ」

「ですが士郎君は今非常に手が離せない状況でここには来れないんです」

「そう言う事でな、俺達はここに来させて貰ったって訳よ」

「手が離せないってどういう事?」

「あ〜・・・一言じゃ言い難いんだが・・・」

「とにかく・・・今士郎君は・・・あれを押さえ込むのに精一杯とだけ言っておきます」

いつも明快な二人にしては珍しい奥歯に物が挟まったような物言いをする。

「あれ?あれって・・・」

「おっと客だ。バゼットお前はここで嬢ちゃん達をガードしててくれ。俺は突っ込む」

「判りました。セタンタ武運を」

「はっ馬鹿言うな。俺があいつらにやられる訳ねえだろ」

「そうですね。ですが一応です。何しろ夫なんですから貴方は」

「おっ嬉しい事言うねえ。んじゃな」

それと同時にセタンタは最前線にその身を躍らせた。

再度突破を試みようとしていた『六王権』軍最前列の死者十体は瞬く間にセタンタの槍に貫かれる。

怒涛の如くセタンタに殺到しようとも閃光の如きセタンタの槍に加え、凛とルヴィアの援護射撃が加わる。

何とか潜り抜けようとした死者もバゼットの鉄拳により粉砕される。

「なんだなんだ!雑魚だけかぁ!もっと骨のある奴出てきやがれ!!」

セタンタの挑発とも取れる言葉と共に、『六王権』軍の被害は少しづつ上昇を開始した。









一方、セタンタ達が姿を表したポイントからやや離れた場所では・・・

崩壊一歩手前の防衛ラインを突破しようとしていた『六王権』軍の前に上空から二つの人影が立ちはだかった。

「では行くか。太古の女神よ」

「そうですね。一刻も早くここを打ちのめさないとなりませんね」

そう言うや、一方の巨漢・・・ヘラクレスは全身に魔力を注ぎ込む。

その途端、ヘラクレスの肉体は膨張を始め、瞬く間にかつての凶戦士の姿に立ち返る。

更にその手にはあの大剣が握られていた。

「行くぞ」

姿はかつてのままでも理性は手放さぬヘラクレスはただ振り回すのではなく、的確に狙いを定め死者を両断していく。

だが、その力は凶戦士のものに近い為、一振りで二十体近い死者の胴体が寸断させ、射程ギリギリの位置にいた同じ位の数の死者が己が肉体の一部を撒き散らしながら吹き飛び、それに激突したり、斬撃の余波等で更に数倍の死者がよろめく。

その隙を逃す筈もなく、一歩ずつ前進しながら同じ威力の斬撃が暴風の如く縦横無尽に死者を切断していく。

「流石は大英雄ですね。では私も始めましょう」

そういうや黒衣の女・・・メドゥーサも行動を開始する。

手ごろな死者を見つけると脳天からダガーを突き刺し、それを迷う事無く振り回す。

その遠心力のまま、ハンマーと化した死者が仲間の死者を薙ぎ払う。

だが、直ぐにダガーから抜けた死者が見当違いの方向に吹き飛んでいく。

その時には既にメドゥーサも高速で移動を開始し次々とそのダガーで死者を餌食にしていく。

「ふむ、所詮はこの程度か」

「あっけないですね。『大聖杯』で戦ったあの影の触手の方がよほど手強かったですね」

僅か五分足らずで周辺の死者を一掃させたヘラクレスとメドゥーサが疲労すら見せず平然と死者を酷評していた。

協会の部隊も敵なのか味方なのか判断がつかず呆然としている。

「さて、ここはもう良いだろう。奴らを追い立てるとしよう」

「同意です。やっと後ろが茫然自失から回復しているみたいですから」

「ああ、後は彼らに任せるとしよう」

そう言い二手に分かれ、次々と死者を駆逐していった。

だが、それでいて二人とも、一定の方向に向けて死者を誘導していった。









「まだ来るのか・・・」

各ポイントが苦戦を強いる中でも、数少ない健在な防衛ラインを守るアルトリアだったが敵の多さに若干辟易し始めていた。

アルトリアがこの津波のごとき波状攻撃を撃退する事、既に五十を軽く上回る。

彼女の蒼の衣も白銀の甲冑も返り血で微塵も汚れてはいないが、その周囲は切り伏せられ、ようやく死を迎えた死体が山の如く積み重ねられている。

それでも尚敵の衰える様子の無いこの状況では致し方ないとも言えた。

十一年前の第四次聖杯戦争の時これと酷似した消耗戦を行った事がある。

「全く・・・斬っても斬ってもきりがない・・・」

思わず愚痴を零すが気合を入れなおし剣を再び構える。

自分が守るこの箇所を抜かれればその先には『時計塔』が、さらに未だ逃げ切れていない無力な市民が人の形をした化物に文字通り貪られるだろう。

そのような事を許すわけには行かない。

「さあ・・・来るが良い。ここより先我が名にかけて一足たりとも進ませはせん」

揺ぎ無い決意と共に再び迫りつつある死者を迎え撃つ。

いや正確には迎え撃とうとした矢先、何者かが突如アルトリアと死者の間に姿を現した。

どうやら上空からここに着地したみたいである。

「・・・あの時と変りの無い、揺ぎ無い決意確かに見させてもらった。それでこそ、その黄金の剣の担い手に相応しいといえるぞ・・・騎士王よ」

その声を耳にしたアルトリアは一瞬幻聴を聞いたのではと疑った。

この声の持ち主が今ここにいる筈がないのだ。

だが、今自分に背を向け、死者の大軍に公然と胸をそらす人物は若草色の皮鎧に身を包みその右手には真紅の長槍、左手には黄色の短槍が握られ、その二振りの槍を鳥が翼を広げるが如く左右に大きく広げる。

「まさか・・・貴君は・・・」

どうして忘れようかあの構えを。

あの槍を。

第四次聖杯戦争で剣を交え、同じ目的の為に戦いあった好敵手を。

「・・・ディルムッド・オディナ・・・」

あまりの事にその一言しか出なかった。

「何をしている騎士王。敵は直ぐそこまで来ているぞ。呆けている暇はあるまい」

その台詞とは裏腹にディルムッドの声は何処までも飄々とし、とても今目の前に敵と相対しているとは思えない。

だが、あの時もそうだった。

無限に召還していく異界の生物相手が目の前にいるにも関わらずその口調には危機感は微塵も感じさせなかった。

そして今、舞台も敵も違いながらも酷似した状況下で彼は現れた。

何故ここに現れたのか、そして何よりもあの時の事等は後で尋ね、改めて謝罪すればよい。

今はこの上もない程頼もしき援軍と共に敵を打ち倒すだけ。

「言っておくが、ディルムッド、私はあの軍勢を千は切り伏せたぞ」

「ふっ、それ位造作もない。では二人で一万は潰すとするか」

あまりに軽すぎる口調で途方もない数をさらりと言ってのけたディルムッドは身近にまで迫った死者を真紅の長槍 『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で切り払う。

それが逆襲の合図だった。

「はああああ!!」

「ふっ!」

アルトリアの一閃が死者を切り払い、ディルムッドの双槍が寸分の狂いなく敵を引き裂く。

たった一人の増援が加わっただけでこのポイントの形勢は一気にひっくり返った。

数の上では圧倒的有利の筈の『六王権』軍は撃ち減らされじりじり後退を余儀なくされ、アルトリアとディルムッドは背後にも気を配りながらも少しずつだが確実に歩を進める。

無論二人とも本格的に追撃に入るつもりなどない。

アルトリアはこのポイントの防衛が最大の目的であるし、ディルムッドも自分が追い立てずとも他の仲間が彼らを然るべき死地に誘う事を承知していた。

やがて、『六王権』軍は突如潮が退く様に来た道を逆走・・・いや、退却を開始した。

「これは・・・退いたのか?」

「その様だな」

お互いにそう呟く。

「ディルムッド・・・貴殿は何故・・・」

「騎士王、その話は後だ。今はまだせねばならぬ事がある」

アルトリアの疑問を遮る。

「そうですね。退いたとは言え敵は健在です。私はまだここを守備しなければなりません」

「いや、おそらく敵はもうここにはいまい。奴らは自分の墓所に自分で向かっている筈だ。ここは空にしても支障はあるまい」

「??何故その様な事を言い切れるのですか?」

「既に俺以外にも援軍がこの地に降り立っている。彼らも敵をかの死地に追い立てているだろうからな」









その報告を聞いた時ルヴァレは激昂を隠すのにも多大な努力が必要だった。

ロンドンを半包囲し全方面からの攻勢でロンドンも陥落寸前かと思われたにも拘らずてこずっていた。

おまけに、突如として死者達の包囲網が瓦解し、死者達が追い立てられているという。

それも相手は僅か数人。

「何をしているか!!私の足を引っ張るかこの無能共が!!」

ひとしきり罵声を浴びせようやく溜飲を下すが、更に前線では不可解な報告まで入っていた。

突如として落雷が連続して発生、それが何故かロンドン郊外・・・すなわち自軍にのみ集中して落ち、無視出来ない被害をもたらしていた。

この予想外の事態に頭をまさしく抱えたルヴァレは気を取り直すと指示を下した。

「南西エリアに全軍を集結させそこに一点集中させよ!そこからロンドン市内に侵入するのだ!!」

「父上宜しいのですか?」

「どの道このまま包囲を続けても被害が大きくなる。ならば被害の少ない南西エリアから市内突入を目指す。突入すればこちらの物だ」

どう言う訳か南西エリアのみ新手の援軍の報告も落雷も発生しておらず、それは至極当然の判断だった。

その命令はすぐさま伝わり、死者達は次々と南西エリアに集結、一気に突入を始めようとしていた。

この時ルヴァレは今まで鳴り響いていた雷鳴がすっかり止んでいた事に気付いていなかった。

仮に気付いていたとしてもそれほど気に留めなかっただろうし、気に留めていたとしてもその意味までも悟る事は出来なかっただろう。

あの雷鳴が『六王権』軍勝利の祝砲などではなく、この時代に再び舞い戻った偉大なる王の帰還を告げる号砲であった事になど・・・









「向かったか」

潮が引くように後退と移動を繰り返す『六王権』軍をヘラクレスとメドゥーサは追撃せずにただ見送った。

「そうですね。後はシロウ達に任せましょう。私はリンの様子を見てきます。彼女の身に何かあってはサクラが悲しみます」

だが、そこへ

「メドゥーサ!それにヘラクレス!」

「おう!!お二人さんその様子じゃそっちは終わったか」

セタンタとバゼットが凛とルヴィアを連れてやって来た。

「リン元気そうで何よりです。サクラが大変心配してましたよ」

「大丈夫に決まっているでしょ。桜は来ていないのね?」

「はい、サクラには日本で待機して貰っています」

「我が主もな。この地は想像を超える激戦地の様だからな。念には念を押して残ってもらった」

「そう、それが賢明な判断ね。それより士郎は?」

てっきりヘラクレス達と行動を共にしているとばかり思っていた凛は、そこにも士郎の姿を認める事は出来なかったので思わず二人に尋ねる。

「うむ・・・士郎か・・・」

「シロウですか・・・」

何故か二人共顔を見合わせ苦虫を噛み潰したような表情を作る。

「??どうしたって言うのよ?セタンタ達といいあんた達といい」

「リン!無事でしたか!」

そこにアルトリアも合流してきた。

その後ろからは顔の上半分を白い無装飾の仮面で覆ったディルムッドがついて来る。

「アルトリア!と・・・誰なの?彼?魔力からして只者じゃないって事は判るけど」

「リン、彼はディルムッド・オディナです」

「ディルムッドって、まさかあのフィオナ騎士団最強の誉れ高い『輝く顔』の!!あれ?でもそんな仮面付けていたっけ?」

「いえ、違いますリン」

「この仮面は我が新しき主より賜った物。俺固有の代物ではない。何でも魔貌の効果を減殺してくれるらしい」

確かにディルムッドの言うとおり、仮面をつけたディルムッドを他の女性陣が見ても特に変化はない。

想像以上の効果の様である。

そんなディルムッドの声を遮るようにルヴィアが半ばヒステリー気味に叫ぶ。

「それよりも!!どう言う事ですの!!これは一体!!これほどの数の英霊がこの地・・・と言うかこの現代に集っているなんて!!異常としか言い様がありませんわよ!!」

確かに『時計塔』にはアルトリア、セタンタ、ヘラクレス、メドゥーサ、メディアが現界しているという報告が届いていたが更にディルムッドと言う新たな英霊が現れたのだ。

驚かない方がどうかしている。

「あ〜はいはい、それは私も聞きたいから後でね。それよりも士郎の奴は?」

アルトリアの方に向かったと思っていた凛の質問に対して、

「え?シロウでしたらリンと行動を共にしていたのでは?」

アルトリアは呆然とした表情と声で応じた。

「ああ?士郎か?士郎なら死者共が向かったポイントにいる筈だぜ」

その疑問にセタンタが答える。

「何ですって!!」

「む、無理です!!いくらシロウと言えども、どれだけの死者、死徒を相手にすると思うのですか!こうしてはいられません!直ぐに救援に!ディルムッド申し訳ありませんが助力を頂きたい!」

色めき立つ凛とアルトリアだったが冷静沈着なディルムッドの声が掛けられる。

「騎士王よ慌てるな。そのような心配は無用だ」

「な、何を!」

「エミヤ殿は・・・我が主は強い・・・それに主は今、現時点で最も心強い味方の傍にいる。彼に危害が加えられる事はまずあるまい」









そして・・・死者が防御結界を破壊し、一点集中にロンドン市内に雪崩れ込もうとしているのに対して、それに相対しているのはどう言う訳か、ロンドン防衛部隊の魔術師は一人もおらず、雄雄しく逞しい雄牛につながれた戦車とそれに乗る二人の人影のみだった。

だが、それにも拘らずその威圧は仮に百万の死徒と比べても尚巨大。

死者など一歩も進む事はできなかった。

それも当然の事であった、何故なら・・・

「はっはっはっ!来たか!!貴様の読み通りだのう!!」

一方の人影・・・途方もない巨人・・・これに比肩するとすればヘラクレスのみだろう・・・はその巨体に相応しい豪快な笑いで隣に立つもう一人に声をかける。

「・・・恐縮です。ですが追い詰められれば誰でもあれ位の判断は致します」

もう一方はその大男に比べると貧相な子男・・・これは対比する方がどうかしているだろう、彼自身も一般男性と比較すれば充分な背丈と筋肉を持っている。・・・は口調は恭しく、だがその表情はいささかげんなりして一礼する。

そんな男の態度を見ても大男は特に気分を害した様子は無い。

むしろそれを見るや心底嬉しそうに笑う。

「はははっ!!相変わらずで何よりだ!軍議で発言をさせた時、貴様はいつもそうだったのう!!」

その返答に男は更にげんなりして言葉を返す。

「判っていたのでしたら発言なんてさせないで下さい陛下。俺の身分はあくまでも近侍なんですから」

「何を言うておる!余の近侍である以上、一定の武力と知略を持ち合わせておるのが当然であろう!」

一体この人は俺に何を要求する気なのだろうか・・・

思わず頭を抱え込むと彼の視線に入るのは、腹立たしいと言わんばかりに、睨みつける白服の少女の姿。

「ちょっとご主人様、何とかしなさいよ。さっきから馬鹿みたいにギャーギャー喚きたているこいつを」

「諦めろ、そして忍耐していてくれ。俺程度の進言で態度が変わるような人じゃない」

怒り心頭の少女が発した苦情にどこか悟りきったような口調で諭す男。

「それよりも済んだか?」

「ええ、この地点にいた魔術師達は全員眠ってもらったわ。これで邪魔は入らないわよご主人様」

その少女の言うとおり、裏路地の随所にこのポイントを守っていたと思われる魔術師達が軒並み昏睡状態に入っていた。

抵抗力を持つ魔術師達を容易く眠らせる点からもこの少女の力の程が見受けられた。

「悪いな」

「それだったら誠意を形にして欲しいわね」

「まあそれはいずれ改めてな」

それを尻目に改めてその大男は前方の『六王権』軍をやや不満そうに見やる。

「ふむ・・・余の帰還を祝す戦にしてはやや敵が脆弱だのう」

そんな大男の声に慌ててとりなす。

「大丈夫です。陛下、量もまだまだいますから。それにもっと強力なのも当然おります」

「そうか、まあ前菜としては良しとするか。では行くぞエミヤ!戦を始める!」

そう叫び大男は戦車から降り立つ。

「御意、イスカンダル陛下お供いたします。レイ行くぞ」

「解ったわよご主人様」

そう言い反対側から男・・・衛宮士郎もまた戦車から降り立つ。

自らの使い魔である夢魔レイを引き連れて。

フィオナ騎士団最強の誉れ高き、『輝く顔』のディルムッド・オディナ、有史以来最大規模の大帝国を一代にて築き上げた征服王イスカンダル。

第四次聖杯戦争に冬木の地に降り立ち、その異名と武勇を存分に轟かせた両名が今再びこの時代に降り立った。

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